「百恵ちゃんのあの歌、14歳の夏にプレイバック」

2020 5/01

人生には「それがベストなんだ」とわかっていても、なんでだよ〜と文句をいいたくなるようなことが、一定数仕込まれていると思う。

私にもあって、その一つが、15になる前の夏に逝った母のことだ。

母さんがいたら二回も離婚しなかったかもよ?
大体、反抗期中にいなくなるのはひどくない?
もっとしたら私、いい娘になったのに。

何万回も文句をいってきた。


母はそれでも、15年という短い付き合いののわりには、濃いものを私に残したと感じることがある。

たとえば、本。
私が本の虫なのは、娘時代から本の虫で、主婦になってからは図書館で働いていた、母の影響だ。

私は放課後いつも友達を連れて、母のいる図書館にいき、貸し出しを手伝ったり、本を読んだりして、過ごしていた。

その余韻は、大人になっても続いて、私は学びのほとんど、癒しのほとんどを、本から得てきた。そんな人生に、自然になった。

本で、母との絆を感じることがあるので、私と本の関係も、誰にもじゃまできない神聖な領域だと思っている。

(やなこと思い出した!昔仕事の先輩に仕事の相談したら、本なんかじゃ何もわかんねーんだよ!っていってきたので、さよなら!ブチ!って電話切ったことあった)

母との繋がりは、だから、もの足りないわけじゃないのだ。

ただ「なんでだよ〜」をわざわざ言いたくなるときがあるというだけ。とくに、百恵ちゃんのあの歌を聴くとき。「秋桜」。

あの歌の物語、秋の縁側のやりとりは、全部がやってみたかったことだ。

そういえば、母が死んですぐの高校生のころ、わたしは死ぬのが、すごく怖かった。

通学のバスにのって、窓の景色をみながら、「私が世界から消える日がくるんだ」と、真っ暗な気持ちで思ったりしていた。

でも今は、死ぬのは怖いことじゃないと思っている。時間をかけて少しづつ、

全力で生きない方が怖い。それまでにあと何をやろうかなと、死をそんな風に思う私に、いつのまにかなっていた。


死ぬのは怖いことじゃない。全力で生きればいい。

それは、母と父が身をもって、私たち子供らに見せた、おそらく母と父が残したものの中で、一番尊い教えだし、これはきっと真実だろうなという、不思議な確信も感じている。

だけど、たまに秋桜を聴く。

「なんでだよ〜母さんなんかばーか!」と、反抗期の、脆い、子供の私に戻る日がいまだにある。わざわざ聴くときがある。

そんなお話でした。「プレイバックパート2」だと思ったでしょ?ふふ!

百恵ちゃん最近会ってないけど元気かなー。(友達か!)

深井みほ子の画像
深井みほ子
株式会社Ladle/薬膳ヨガ®︎代表
全日本薬膳食医情報協会薬膳調理指導員
Search Inside Yourself(SIY)コアプログラム修了
日本漢方養生学協会漢方養生士(初級)
薬事法管理者


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