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[#IMAGE|e0172219_16581660.jpg|201505/08/19/|mid|600|451#]

今日は、緑と光と溶けあう、ただただしあわせな一日。
ごほうびヨガの日だからです!
ごほうびヨガは、日常の木もれ日。
ちらちらと光を落とし、わたしをほっとさせてくれる存在です。

はじめのうちは違いました!
あれもしなくちゃ、これもしなくちゃと気をすべて使い果たす、
ひと月の中で最も大変な一日だったのだから、
状況は変わるものです。

ごほうびヨガの朝は、和室の雨戸を開けることから始まります。

ガタガタいってなかなかあいてくれない古民家の雨戸を、
着いたら、開ける。着いたら、開ける。
これを5年半、150回、繰り返してきました。

はじめのころは、そこでなにを考えるゆとりもありませんでした。
心が次にやることを考えるので忙しく、なんにも見えていなかったのです。
ところが去年の暮れ、
「昔はここがいちばん大変だったんだよね。」
と、思いながら戸を引くじぶんがいました。

そして今ではこれが、たかこ先生のお仕事になっています。
たかこ先生も、雨戸を開けながらなにか思っているのかな?

さて、そんなたからの庭で、今日はからだのしくみヨガがありました。
わたしの分身でもあるこのクラスに、
まきこ先生を抜擢したのは、解剖学への愛が理由なんですよ。
まきこ先生をみていると、あるフレーズが浮かぶのです。

努力家は、天才にはかなわない。天才は、楽しむ人にかなわない。

わたしのヨガの恩師がくれた言葉です。まだわたしにヨガが染みこむ前で、きっとだから覚えているのだと思います。
自信もなかった毎日で、あなたはそのままで素晴らしいと、
背中を押されたような気持ちになりました。

最近まきこ先生は、自分でも驚いちゃうような、著しいからだの変化を感じるといいます。
生物はすべて老いと共存する宿命で、それは決して何かを怠った結果ではありません。
わたしもあれ?と思うことがあります。
あれ、こんなところに見たことのないシワが、とかね!
まきこ先生はそのことを爽やかに受け止めていて、
「やーだ、これもできなくなってるんだ、わたしって!みたいに、もう自分の中で大騒ぎなんですよ〜」
と、落ち込んだり笑ったり。

解剖学を心から愛し、楽しむ人が、
そんなふうに4足のわらじに翻弄されながら、
でも懸命に大地を踏みしめ発信しているのが、
この一年の「からだのしくみヨガ」です。
クラスをお任せするときにはこんな風に、
それ相応の理由があるということを、お伝えしたくてこのことをかきました。

ヨガをしながら木もれ日をみていて、今日はブログにこのことを書こうと思いました。

ところで、どうしてチョコの写真なんだっけ?

…そうでした、そんなふうにクラスをおまかせできているので
今日は夕方、打ち合わせに行けた、
打ち合わせの日には、チョコレートを持って出かけてるってことなんです。

でも、書いていたら長くなってきたので、後半はまたいつか!