(↓本文を書きました)

「○○だったら出来るのにな」
「○○があれば出来るのにな」

と思いかけると「いや違うな」と、無意識に思うクセがあります。

それがなぜか初めて考えてみたのですが、「そうじゃなくてもできたし大丈夫だった」ことが、案外多かったからだと思いました。

この記事のタイトルを書き留めたときもそう。

その日は休日で、私は行ったことのない本屋さんに電車に乗っていこうとしていました。

電車で移動することが好きなので、休日は電車に乗ることが多いんです。

でもその日ふと「不便だなあこれ」と思いました。なんか、電車に乗らないと楽しめないって不便だよと。

それで、そこら辺のスタバかなんかに入って、電車でやるのと同じように気持ちの向くまま過ごしたんですね。それでちゃんと、楽しかったんです。

っていっても別になにしたわけではないんですよ。お休み特有の自由な気分に浸りながら、本を開いたり、コーヒーを味わったりするだけです。

ただ、電車でやってて楽しいあの感じを「味わうぞ」って決めてスタバに入ったんですよね。

だからちゃんと楽しかったんだと思います。

なんか、決めつけっていうのかなあ。ありますよね?

休日らしくするには、電車にのらないとダメとか。(まあこれは私の場合ですが)

薬膳ヨガのことをやっていてもたまにあるのですが、新しいクラスをやるには、この能力がないとダメとか。

コミュニケーション面でも、あの人と対等に話すにはこんな服装でないとダメとかね。

そういう、うまく行かせたいことに限って「○○なら出来るんだけど(ないから出来ない)」という、決めつけがあったりします。

でもそれって本当でしょうか?

電車に乗っても気がかりがあって楽しめないときもあるし、能力を身につけても、クラスなんてだからできるものでもありません。新しい服を着ていても、萎縮するときはするじゃないですか。

だから思うんです。なきゃ出来ないと思っているそれ、なくても出来るんじゃないのと。

いざとなったらやるぞと肚をくくるだけ。なんだかんだやらないでいるのは肚をくくれないでいるだけなのかもしれないな、というお話でした。